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気体の熱力学

理想気体と実在気体の状態量、比熱、断熱変化を整理します

気体の熱力学は、エンジンのサイクルを読むための共通言語です。圧力、体積、温度、内部エネルギー、エンタルピーの関係を押さえると、圧縮機やタービンの計算がかなり見通しよくなります。

状態量と経路量

熱力学で最初に分けるべきものは、状態量と経路量です。 圧力 𝑝、温度 𝑇、体積 𝑉、内部エネルギー 𝑈、エンタルピー 𝐻、エントロピー 𝑆 は状態が決まれば値が決まる状態量です。 一方、熱 𝑄 と仕事 𝑊 は、同じ始点と終点でも途中の経路によって値が変わる経路量です。

エンジンの線図を読むときは、この違いが重要です。 𝑝𝑉 線図の面積は仕事を表しますが、面積は経路に依存します。 同じ圧縮比でも、断熱圧縮、等温圧縮、実際の冷却を伴う圧縮では必要な仕事が変わります。

閉じた系の第一法則は

𝑑𝑈=𝛿𝑄𝛿𝑊

と書けます。 ここでは系が外へした仕事を正にしています。 準静的な体積仕事だけなら

𝛿𝑊=𝑝𝑑𝑉

です。 エンジンでは、この 𝑝𝑑𝑉 を一周で積分したものがシリンダ内で得られる図示仕事になります。

理想気体と比熱

空気標準サイクルでは、作動流体を理想気体の空気として扱います。 理想気体の状態方程式は

𝑝𝑣=𝑅𝑇

です。 単位質量あたりの内部エネルギーとエンタルピーは、理想気体では温度だけの関数として近似できます。

𝑑𝑢=𝑐𝑣𝑑𝑇,𝑑=𝑐𝑝𝑑𝑇

比熱比は

𝜅=𝑐𝑝𝑐𝑣

です。 オットーサイクル、ディーゼルサイクル、ブレイトンサイクルの理想効率に 𝜅 が現れるのは、断熱圧縮・断熱膨張で温度と圧力がどう変わるかを決める量だからです。

実際の燃焼ガスでは、温度が上がると比熱が変化します。 高温では 𝑐𝑝 が大きくなり、一定比熱で計算した理想サイクルよりも温度上昇や効率の見積もりがずれます。 理想式は設計値そのものではなく、圧縮比、圧力比、温度比が効率へどう効くかを見るための骨格です。

第二法則と不可逆性

熱機関が熱をすべて仕事へ変えられない理由は、第二法則にあります。 可逆過程なら

𝑑𝑠=𝛿𝑞rev𝑇

ですが、実際の過程では摩擦、混合、燃焼、熱伝達、絞り、衝撃波によってエントロピーが生成されます。 断熱でも不可逆なら

Δ𝑠>0

です。

𝑇𝑠 線図で実機の圧縮や膨張が右へ傾くのは、エントロピー生成があるためです。 圧縮機では右へ傾くほど必要仕事が増え、タービンでは右へ傾くほど取り出せる仕事が減ります。 効率改善とは、多くの場合、この右向きのずれを小さくすることです。

PV線図

𝑝𝑉 線図は、横軸に体積 𝑉、縦軸に圧力 𝑝 をとった線図です。 ピストン式のエンジンでは、シリンダ内の気体がどれだけ押し返したかをそのまま読めるので、最初に見るべき線図になります。

準静的な体積変化で気体が外へする仕事は

𝑊=𝑉2𝑉1𝑝𝑑𝑉

です。サイクルとして一周すると

𝑊net=𝑝𝑑𝑉

となり、線図で囲まれた面積が正味仕事を表します。 時計回りのサイクルは熱を受け取って仕事を出す熱機関、反時計回りのサイクルは仕事を受け取って熱をくみ上げる冷凍機・ヒートポンプです。

𝑝𝑉 線図では仕事は見やすい一方、どこで熱を受け取り、どこで熱を捨てたかは直接には読みにくいです。 そのため、熱効率を考えるときは 𝑇𝑠 線図や 𝑠 線図と合わせて読むのが自然です。

熱機関の熱効率は、投入した熱量 𝑄in のうち正味仕事になった割合として

𝜂=𝑊net𝑄in=1𝑄out𝑄in

で定義します。 この式は「捨てる熱を小さくする」「同じ熱入力から大きな仕事を取り出す」という二つの見方を与えてくれます。

線図を読む手順

線図は、単に形を覚えるより、次の順で読むと混乱しにくくなります。

  1. まず軸を確認する。横軸が体積、エントロピー、エンタルピーのどれかで意味が変わる
  2. サイクルの向きを見る。時計回りなら正味仕事を出す熱機関、反時計回りなら仕事を入れる冷凍機・ヒートポンプ
  3. 面積が何を表すかを確認する。𝑝𝑉 では仕事、𝑇𝑠 では可逆熱量
  4. 縦線・横線の意味を見る。等積、等圧、等温、等エントロピーなど、線図ごとに読み方が違う
  5. 理想線からのずれを見る。丸まり、傾き、圧力損失、エントロピー増大が損失を示す

たとえばピストン機関では 𝑝𝑉 線図から図示仕事を読み、𝑇𝑠 線図から熱を入れた平均温度と捨てた平均温度を読みます。 タービン機械では 𝑠 線図からエンタルピー降下と等エントロピー効率を読みます。 同じサイクルでも、線図によって見える量が違うため、複数の線図を対応させるのが重要です。

Ts線図

𝑇𝑠 線図は、横軸に比エントロピー 𝑠、縦軸に温度 𝑇 をとった線図です。 可逆過程では

𝛿𝑞rev=𝑇𝑑𝑠

なので、𝑇𝑠 線図の面積は熱量を表します。 等エントロピー過程は縦線、等温過程は横線として描かれます。

理想的な熱機関の上限はカルノー効率

𝜂Carnot=1𝑇𝐿𝑇𝐻

です。 これは、低温側温度 𝑇𝐿 に捨てざるを得ない熱があるため、どれほど理想化しても熱をすべて仕事には変えられないことを表しています。 実機の効率は、燃焼の不可逆性、摩擦、圧力損失、熱交換の有限温度差、排気損失によってこの上限より下がります。

hs線図

𝑠 線図はモリエ線図とも呼ばれ、タービン、圧縮機、ノズルのような連続流機械でよく使います。 断熱かつ可逆な流れは等エントロピーなので縦方向の変化になり、エンタルピー差

Δ=21

から軸仕事や流速変化を見積もれます。 蒸気タービンでは蒸気が湿り域へ入るか、ガスタービンでは圧縮機・タービンの等エントロピー効率がどの程度かを読むのに向いています。

等圧過程

圧力一定の過程です。ピストンに一定荷重をかけて加熱する場合や、ガスタービン燃焼器の理想化で現れます。 理想気体なら

𝑞=𝑐𝑝(𝑇2𝑇1),𝑤=𝑝(𝑉2𝑉1)

です。 等圧加熱では、加えた熱の一部が内部エネルギーの増加に、一部が膨張仕事に使われます。

等積過程

体積一定の過程です。ガソリンエンジンの理想オットーサイクルでは、燃焼を短時間で起きる等積加熱として近似します。 境界仕事は

𝑤=𝑝𝑑𝑉=0

なので、加えた熱は内部エネルギーの増加になります。 理想気体では

𝑞=𝑐𝑣(𝑇2𝑇1)

です。

等温過程

温度一定の過程です。理想気体では内部エネルギーが温度だけで決まるため

Δ𝑢=0

となり、受け取った熱はそのまま外部への仕事になります。 可逆等温膨張の仕事は

𝑤=𝑅𝑇ln(𝑣2𝑣1)

です。 ただし実際のエンジンで完全な等温膨張を行うには、膨張中に十分な熱を供給し続ける必要があり、高速運転では難しくなります。

断熱過程

外部との熱の出入りがない過程です。 圧縮機、タービン、エンジンの圧縮・膨張行程は、短時間で起こるため断熱過程として近似されます。 さらに可逆なら等エントロピー過程になり、理想気体では

𝑝𝑣𝜅=const,𝑇𝑣𝜅1=const

が成り立ちます。 ここで 𝜅=𝑐𝑝𝑐𝑣 は比熱比です。

実機では摩擦、乱流混合、衝撃波、圧力損失によってエントロピーが増えます。 そのため、圧縮では理想より余計な仕事が必要になり、膨張では理想より取り出せる仕事が小さくなります。